本神社は、歴史の伝えるところでは江戸時代初期の元和年間(17世紀 西暦1615~1624)に、丁度、尼崎城の築城と同時期に城下町として城の東に計画的に配置され造営されたもので、御本殿は「檜皮葺流造」本殿覆・拝殿は「瓦葺流造」であったものを、平成4年に今上陛下が御即位の御大典を斎行遊ばされたのをお祝いして、平成の大御代を寿ぐ事業として、鉄筋コンクリート造(本社は国道2号線沿いの為、木造が不許可)でほぼ原形のまま御造営されている。

末社に、稲荷神社と境内右手に「子安の池」(この池の水を呑めば子宝に恵まれる。安産すると地元で永く言い伝えられた池もあり、神功皇后をおまつりしている。)更に、樹齢千年に及ぼうと境内にうっそうと繁っていた楠の大木をおまつり(国道2号線敷設の際、やむなく伐採)した楠社の三社を擁する。

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